
この文章の和訳は「ここから」後ほど。
「 写真は人に見せて初めて完結する。」
私がまだ駆け出しの写真家だった頃、 国際的なフォトエージェントG.I.P.の、今は亡き倉持吾郎さんがおっしゃっていたこの言葉を思い出す。これは写真だけでなく、「 “作品”は人に見せて初めて完結する。」ともいえる。それは創る人、書く人、また受け取る側にとって、さまざまな意味にとれ、深い意味がある。
これまでアーティストとしてトークイベントや前職でも人前に出る仕事はしているのだが、私は実はめっちゃ内向的な面があり(introverted)、もくもくと創造・制作等をすることは得意で好きだが、積極的に発表すること、人に見せること、販売・プロモーションのようなことが長年ずっと苦手である。そのため、時にこの言葉を思い出し自分を戒めつつ、不器用に実行している😅。(とはいってもなかなか実現できていなくて、発信・発表していない・できていない作品や伝えたいメッセージやコンセプトが山ほどあり、よく自分を責めている。特にアート分野では元々英文で書いた創造的・論理的思考を日本語へ転換する際、語彙の選択や思考の違いが邪魔をしてさらに時間が膨大にかかることも、途中で後回しにして諦めてしまうことになり発表しないで終わることが多い😞💦。(AIを使ってチェックしてもらうとうさらに余分な時間がかかり、気づくと質も下がっていて平均的なつまらないスタイルに変わってしまうので文章には使わないことにしている。しかもAIは、私が意図的に選んだ語彙やリズムや行間にこめた想いやニュアンスを察することができないこともわかった。)
visual artist(美術作家)なので 視覚的な作品だけ見せればいいじゃないと思われるかもしれないが、趣味で作ってるわけではなく、欧米で活動してきたのでそうもいかない。(私も最初は、visual artist 視覚芸術家なのに、なんでこんなにたんさん文章を書く機会があるんだろう、大変…とよく思っていた)たとえ抽象画だとしても意味やコンセプトを考える癖がついている。それが商業的・実用的に役立つことではなく(芸術は結構反対だったりするのでそこに意味がなくてもいいのだが)、歴史上・美術史上の意味とか、人間として、個として、この世において、なぜ創ったのか、それを作ることでどういうことを探索・掘り下げているのか、現代の人に何を考えてほしいのか、などという意味である。もちろん、それを全部人に言ったりする必要はないし理解されないこともあるだろうし、見る人が自由に考える空白もあえて残す必要もある(そこがジャーナリズム作品とも異なる)が、自分の中でわかっていると意味である。
「アートは自己表現である」という人もいるが、私はそうは思わない。まあ、そういう人もいるだろうが、本格的なアートはむしろ逆である。少なくとも私は自分を表現しているわけではない。自分という媒体を使って表現することもあるということである。このことは『FAUSTUS』のアーティスト・トークイベントの際に、
“Art must involve the struggle to deny such temptations as self-indulgence and self-expression. Serious art is not found in self-expression but in self-denial.” – Daniel Siedell
ほか、を引用して、米国では何度かシェアしているので、また機会があれば日本語でも紹介したいと思う。
実際、”serious artist”と呼ばれる人たちは、アトリエで作品制作や撮影をする時間と同じ位かそれ以上にリサーチやコンセプト確立やステートメント執筆に時間を費やす職業である。
風間暁 著の『「回復」という毒』(日本評論社) の表紙装画に
そんな中で、もう10年ほど前に、日本の写真出版社蒼穹舎から出版された、私のPACTUM、FAUSTUS, T.M.A.P.という関連シリーズの膨大な写真作品から選んでまとめたファインアート写真集『FAUSTUS』(ファウストス:テキスト日本語・英語)がきっかけとなり、このたび 、その中の「Pactum #105(パクトゥム 105)」という写真作品が、日本評論社から今年9月2日出版の風間暁さん著の一般書籍『「回復」という毒』(日本評論社刊) という意味深長で趣深いタイトルの装画(表紙)となって再び息吹いた。(写真は下記)
ちなみにこの写真作品のタイトルにもなっている*Pactumは、ラテン語で「契約」という意味がある。*Faustusには「祝福された」という意味がある。
表紙に採用された Pactumというタイトルの写真作品もこのFAUSTUS(ファウストス)の中の「PACTUM」シリーズの中の1点。シリーズには、ゲーテの戯曲『ファウスト』が悪魔と血で契約したのに対し、私は「天使と契約」したという、暗闇の中で感情のジャーニー、紆余曲折を経ながらも肯定的な思考と選択をしていくコンセプトも含まれている。
膨大にあるこれらの”作品群”は、元々、仕事の作品とは別にプライベートとして描いたり撮影したりしたもので、誰にも発表する予定はなかった作品群が、最終的に(当時、一緒に仕事をしていた画廊の説得やロサンゼルスの美術館キュレーターからの言葉などによって)、公表する覚悟を決めたものだ。画廊のディレクターとの会話、アートフェアや展覧会を重ねるうちに、自分の持つ人々に向けたメッセージもさらに明確になり、コンセプト確立を経て、芸術プロジェクトとして展示や作品集、トークイベント等へと導かれたという経緯がある。
日本で編集、出版されたバージョン作品集『FAUSTUS』(ファウストス)は、作った当初、編集者の大田通貴さんから、「これは普遍的なもので流行りすたりがない内容のもの」と言われた。たぶんそれは、私のテーマが、世の中の不条理な出来事、喪失、失望・絶望的な状況や感情に直面したとき、人生をどうとらえるかを、実際の出来事とアート写真を使って、問いを投げかけたものだからだと思う。物事の見方や思考の転換、気づきや楽観、行動、美の再定義、人との関係性や使命・愛などによって、変容・昇華させていくプロセスと、回復・レジリアンス、希望というテーマ、つまり人間が思い悩むテーマの普遍的なものに関して、私自身はそのとき真理を得て自分なりの結論は出たが、果たしてあなた(見た人・読んだ人)はどうななのか。写真と一部文字を使って視覚的かつ準抽象的に表現し、見る人に考えてもらうことを誘っている作品群である。
表紙のお話をいただいた時、書籍の内容をお聞きし、全く無関係ではなさそうということもうれしかった。
『FAUSTUS』の中のビジュアル的なイメージが、当時写真集を購入してくれていた東京のひとりのデザイナーさん((株)オクターヴの木庭貴信さん) の頭に残っていたようで、今回、
「『「回復」という毒』の原稿読んでいたとき、FAUSTUSのことを思い出し、もう他のイメージが沸かなくなってしまいました⋯。」
と、このたび表紙への使用を希望してくださったので、 新たな驚きと感動と、多大な感謝を感じせずにはいられません🙏。
そして突然、日本評論社の編集の方から連絡をいただき、その見えない縁とつながりに非常に驚くとともに、今回や過去の出版などに関わったすべての人に、感謝の気持ちがあふれてきます。Thank you so much!
こういったことはホント、アーティスト冥利に尽きます🙇💖。
デザイナーの木庭さんは数多くの書籍や雑誌、映画のデザインをしているベテランで売れっ子デザイナーさんで、このたび、インスタでもつながってみた。同書籍には他にも角倉さんというデザイナーさんが携わり、表紙・中身ともに視覚的にもとにかく美しくセンスがあるように仕上がっている!✨というのが私の印象だ。木庭さんの意図があったかどうかはわからないが、私のその写真集『FAUSTUS』ともデザイン的にもつながるような雰囲気です。特に一部の文字書体Fontは、米国で製作した元々のオリジナル写真集『FAUTSUS』(現在、市場には出していない幻の作品集)を彷彿とさせた。さすが。
そしてこれが縁で、著者の風間暁さん(!) を知り、彼女の活動・活躍や、この新しい一般書籍、風間暁さんの書籍作品『「回復」という毒』とつながることができた。インスタなども拝見し、エネルギーもすごいと圧倒・感動した。まさに世のため、人のため、社会のために尽力されている方である。
そしてさすが日本評論社さん、社会派のノンフィクションがもとになった内容で中身はもちろん、素晴らしいデザインのおかげで、 Pactumを使った表紙も美しく仕上がり(Instagramのストーリーなどもご参照)、 著者の風間さんも喜んでくれているようで、 私としてもとてもうれしい! 表紙の件では、編集社の木谷さんにもお世話になった。
書籍はきっと数多くの人々の心に触れるであろう。
私も、早速届いた本を、楽しみに拝読させていただこうと思う。
自分の経験から生まれた作品を世に出すという意味で、共通点もあり、しかもある意味ネガティブな体験を社会のために役立てたり、自身の視点や切り口で良いもの・ポジティブなもの(書籍、作品、活動、その他人間関係を含む様々なもの)に昇華・変容させている点や、世に対してのメッセージを、恐れず発表していくと言う点では非常に共通項があると思った。

実はアメリカでは、日本での『FAUSTUS』写真集出版以前に、ニューヨーク、ロサンゼルス、サンフランシスコなどでの画廊による出展アートフェアやギャラリーでの展覧会だけでなく、関連の写真集も非常に時間をかけて編集作業をし、ニューヨークのデザイナーさんたちと3冊ほど作ったのだが、(また昨年2025年の半回顧展のようなニューヨークでの個展でもこの過去のシリーズからも数点展示したが)、そういえば日本国内ではこの全く展示発表もしていない。だいたいこのFAUSTUSプロジェクトにはカラー写真、モノクロネガからのオリジナル手焼き銀塩写真、一点もののフォトグラム、ミクストメディア等何千点、もしかしたら何万点あり、まとめた3冊といっても編集で選んだほんの少しししか入っていない。(だからストーリーやコンセプトを立てて選ぶのは至難の業だった)。もちろん、それ以前に発表していた全く別のシリーズの数々もある。
インスタグラムなど私が始めたのはコロナ以降なので、それより前の作品はSNSでもウェブサイトでも発表していないものもあり、現地での展示以外、ひっそり隠れているような状態だと気づいた。
このPACTUM/FAUSTUM (パクトゥム/ファウストス)の一連のシリーズは、写真作品シリーズやアート作品のシリーズの中で、(特に作風としても)実は私にとって例外的な作品シリーズなのだが、いずれにしても、メッセージ性のある作品群なので、今後、できれば、ゆるりと、そのメッセージなども含めて紹介していこうかなと思っている。同シリーズ内外のモノクロの手焼きビンテージ写真なども含めて😉。












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